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zoom RSS 三市中蒲東蒲医師会だより 平成15年10月31日

<<   作成日時 : 2012/12/23 17:44   >>

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さて二回の記事を読んでみなさんどんな感想をもたれたでしょうか?
http://17041615.at.webry.info/201212/article_4.html
http://17041615.at.webry.info/201212/article_5.html


新潟市が政令都市として合併する前は「三市中蒲東蒲医師会」として活動していました
その時に投稿した拙文もお示しします やっぱり10年前の写真は若いですねえ

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「へき地診療再考」

吉嶺文俊

今から約二十年前、学生時代の夏季実習として津川を訪れた時、まだ磐越道はなかった。その当時、冬季間雪に閉ざされた「陸の孤島」の住民を対象として、ファクシミリを用いた遠隔診療が行われていた。当時としては安定した無医地区への医療提供方法として画期的なシステムであり、海外からも見学者があったという。
その数年前に私は無医地区の医師不足に関する新聞記事を読んで自治医科大学に入学した。そして六年後新潟に戻り、三年間の内科研修の後、卒後四年目に二十五床の小病院に出張した。
当時のその地域の患者さんは、私が主に内科しか研修していないことを理解するべくもなく、すべての科の診療を求めた。実質二十四時間の拘束はもちろん、患者家族が往診を求めて私の家まで迎えに来ることも度々あった。私は自分一人で頑張って(当時は最善と思った)診療を行い、一生懸命住民の期待に応えようとした。
それから約十五年経過し時代は変わった。情報はいつでも手に入る。インターネットであらゆる疾患の診断から最新の治療まで誰でも調べることができるようになった。そうして私の心の中の「赤ひげ」先生は死んでしまった。全知全能の神様のような医師はあり得ないと思うようになった。なぜなら患者さんは、安全で安心な医療を求めるようになったのだから。
このような医療の変化のなかでへき地医療の意義とは何だろうか。その答えのキーワードは「チーム医療」ではないか。ボランティア精神にあふれたひとりの「赤ひげ」先生に期待する時代は終わりにしないといけないと思う。医療をコーディネートし、他の医師やコ・メディカル、そして福祉スタッフと強く連携をとりながら、継続的に、できる限り最高の医療を提供する「赤ひげチーム」が求められるようになってきたのではないだろうか。
最近では雪もめっきり少なくなり、へき地の道路は大方舗装され、快適なドライブをしながら集会所に着いてみると、ファクシミリはほこりをかぶっていた。今では、へき地診療で薬をもらっているお年寄りも、いざ具合が悪い時には、自家用車や救急車ですぐに病院(時に他の大病院)に駆けつけることができるようになった。
「じゃあへき地診療は要らないの?」
いいえそんなことはありません。むしろへき地診療こそ時代を先取りしている最新の医療システムではないかと思う。今はおまかせ医療から自己管理医療への転換期である。一般診療だけではなく、療養指導や家族指導そして健康増進活動(紙芝居でやると結構話を聞いてくれる!)等を実践する場として、これほど最適な場はないだろう。
(自治医大校歌の一フレーズにある)「医療の谷間に灯をともす」ことが今でも私の目標であり、まだまだ「かっこいい」とも思うが、卒後約二十年目にして、ますます理想とはかけ離れていく自分にあきれているこの頃である。

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