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zoom RSS 新潟県立津川病院の沿革 その1

<<   作成日時 : 2013/03/23 10:27   >>

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S28(1953)/6/1  地域医療確保と疾病予防・治療の一体的運営を図るため、保健所と連携した特色ある病院として開設。病床数32床(内科・外科・産婦人科)。院長 小穴 聡。
S28(1953)/9/8  一般病床を増床し56床となる。
S29(1954)/4/1  伝染病棟25床を管理運営委託。
S29(1954)/6/1  結核病床50床を新設。
S31(1956)/1/1 院長 鈴木 寛。
S31(1956)/5/16 呼吸器科開設。
S34(1959)/4/1 診療点数表甲表を採用。
S34(1959)/5/22 本館狭隘のため207u増築。
S35(1960)/11/5 眼科開設(週2回)。放射線医師派遣開始(月3回)。
S36(1961)/6/20 病棟一部改築にて一般病床55床に変更。
S39(1964)/6/1 一般75床(増築)、結核50床、伝染病25床の合計150床となる。
S40(1965)/4/6 付属看護学院設置(准看護婦養成に努める)。
S41(1966)/4/1 救急病院指定告示。診療点数表乙表採用。
S41(1966)/6/7 耳鼻咽喉科開設
S41(1966)/7/15 診療科として外科から整形外科が独立。
S41(1966)/9/1 医局狭隘のため6.61u増築。
S43(1968)/3/31 整形外科患者増にて外来診療室24.84u増築。
S44(1969)/3/31 付属看護学院閉鎖。
S45(1970)/8/1 結核入院患者減少にて結核病床50床閉鎖。
S46(1971)/6/1 呼吸器科廃止。
S47(1972)/4/10 建物施設の老朽化にて全面改築工事開始。
S48(1973)/3/31 新病院竣工(一般病床65床、新生児2床、伝染病床25床、計92床)。
S49(1974)/7/31 東蒲原郡広域衛生組合伝染病舎12床竣工。
S49(1974)/12/1 旧伝染病舎25床廃止。上川村室谷地区の健康管理室から、病院、保健所の医療センターへファクシミリで情報を伝送し、降雪期の辺地医療が行える遠隔診療の実験が開始。
S50(1975)/1/13 女子更衣室と院内売店を新設。
S50(1975)/10/31 組合立伝染病舎と津川病院サービス棟間に渡り廊下を設置
S50(1975)/11/1 患者食堂新設。
S51(1976)/3/31 患者食堂廃止。
S51(1976)/9/25 自家発電気室(14.4u)増築。
S54(1979)/1/16 カルテ自動検索機及びカード刻印器(エンボッサー)の導入。
S55(1980)/3/31 消防法による誘導設備、排煙設備を新設。
S56(1981)/3/31 病棟に冷房施設新設
S56(1981)/4/1 院長 菊田 亮司。
S59(1984)/3/31 新発田・津川広域医療圏第2次医療体制(病院群輪番制)を開始。
S62(1987)/11/1 医事業務の電算処理開始。
S63(1988)/4/1 訪問診療開始。
H元(1989)/4/1 津川保健所廃止及び保健所施設等の所管換えにより建物700.66u、土地1960.31u増加。院長 阿部 昌洋。
H2(1990)/8/27 全身用CT装置導入。
H3(1991)/2/28 療養環境整備事業による改装工事終了。
H3(1991)/3/12 へき地巡回診療開始。
H3(1991)/3/31 東蒲原広域衛生組合伝染病舎廃止。
H4(1992)/4/1 へき地中核病院に指定される。
H5(1993)/4/1 診療点数表甲表の採用。
H5(1993)/12/27 小児科診察室等の内部改造工事終了。
H6(1994)/1/1 外来受診予約制開始。
H6(1994)/4/1 訪問看護開始。
H6(1994)/5/3 職員集合宿舎(メゾン心和)新築工事終了。
H7(1995)/1/9 身障者用トイレ(2階)の設置及びエレベーター改造工事終了。
H7(1995)/3/25 旧看護婦宿舎解体、駐車場整備工事終了。
H7(1995)/3/31 感染性廃棄物対応焼却炉整備工事終了。
H7(1995)/11/1 脳神経外科の開設。
H8(1996)/8/20 泌尿器科の開設。
H9(1997)/4/1 地域看護相談室の開設。
H9(1997)/5/1 夜間救急体制の充実を図るため、外来看護婦の夜間当直開始。
H10(1998)/4/1 新発田・津川広域医療圏第2次医療体制から新津保健所管内の第2次医療体制に移行。
H10(1998)/12/8 廃棄物処理を全面委託に切替。
H11(1999)/11/1 津川町公共下水道に接続、浄化槽撤去。
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15周年記念集合写真です

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内 容 ニックネーム/日時
とても貴重な資料をUPして頂き、県立津川病院の歴史を知りました。ちなみに、私よりちょっとだけ病院の方が年長です。
鈴木院長は4半世紀勤務されたのですね?
ですから、なんとなく覚えております。

その後は阿賀町に住んでいなかったのですが、年表を見ると、里帰り出産時の院長が阿部先生なのですね?
産婦人科の先生はとても良い方でした。
今はどちらにおられるのでしょうか?
現在はもう、里帰り出産もできませんね?

(懐かしくて余計なコメント大変失礼しました。)
出身は阿賀町
2013/03/24 18:16

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